5年前のとある出来事~その19 退院(後編)~

続いて柿田川湧水群という公園に向かった。

広めのその公園は散歩にはうってつけのように思われたし、きれいな景色の中を歩いてみたいと思ったからだ。
いくつもの見ごたえのあるスポットがあり散歩は楽しかった。

ただ、医師の言ったようにビックリするぐらい体力が落ちているのが分かった。

長い階段を上るとやはり息切れをする。
心臓の鼓動が早く動くことを感じる事自体久しぶりだった。

息切れをすれば胸が苦しくなるのは正常な感覚のはずなのに、ふと救急車で運ばれたときの事が頭をよぎる。
ちょっとした息切れでも、この後胸の痛みにつながりはしないか?との不安に襲われた。

この後もこの不安な感覚は息切れをするたびにしばらくトラウマとなって付きまとわれたのだった。

それでも軽く汗をかいた後の冷たい風はとても気持ちよかった。
病室では感じられなかった感覚だ。

健康な時ならそれほど感動もしなかったであろう景色も「自分の意志」と「自分の足」で見ているというだけで感動した。

「あー世界ってきれいだなぁ」
などと自分でも赤面するような思いが込み上げてきたことも書いておこう。

ホテルにチェックインし少し横になったら、かなり深い眠りについた。
散歩をしたことで思った以上に疲れていたのかも知れない。

夕食には「静岡おでん」を食べてみようと思い駅周辺をぶらついた。

残念ながら静岡おでんを掲げているお店は満席で入ることができなかった。

酒肴二葉(によう)というお店に入ってみた。

女将さんが一人で切り盛りするお店はこじんまりとしながらとても良い雰囲気のお店だった。
昼に海鮮丼を食べたにも関わらず、ここでも刺身を注文したがこれはこれでとても美味しかった。

女将とは、札幌から来ていること、静岡おでんを食べたことが無い事など話をしたが、今朝まで入院していたことは伏せておいた。
気を使われるのも嫌だったし、この素敵な雰囲気のお店には似つかわしくない話題のように思われたからだ。

ここのおでんはいわゆる真っ黒いスープの静岡おでんではないとのこと。
だが、上品な出汁で作られたこのおでんはとても美味しかった。

イワシを骨ごとすりつぶしているという黒はんぺんは静岡の名物だ。
この濃厚な旨味を味わうだけで充分満足できた。

退院後の初ビール!

この頃は自宅で晩酌をする習慣がなかった事もあり、入院中もそれほどお酒が飲みたいと思わなかった。
それでも、久しぶりのビールはさぞ美味しいだろうと想像していたのだが、これが思ったほど美味しいとは思えなかった。

むしろ「ビールってこんなに苦かったかな?」と感じたのには自分でも意外だった。

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翌日、神奈川までは電車で移動をした。
電車に乗ったり、散歩をしたりしていると少しずつ身体も慣れてきたように感じた。

ちょうど姪っ子長女が札幌から出張できているとの連絡があり、ちょうど週末で予定も空いているらしく退院祝いをしてくれると言う。

横浜の登茂吉(ともきち)というそば屋に入りそば屋で昼酒を楽しもうという事になった。

休日の昼間から蕎麦前を楽しむなんて贅沢な話である。
数日前まで好きな食べ物すら食べることができなかったことを考えるとやはり嬉しさがこみあげてくる。

何よりこの時飲んだビールは先日のそれとは違いとても美味しく感じた。

姪っ子長女の「退院おめでとう」という言葉がどんなつまみよりビールを美味しくしてくれたのだと思う。

ちなみに入院直後は姪っ子の次女が日用品を届けてくて大いに助かった。
姪っ子の次女にも長女にも感謝しなくては。

入院したことで家族の存在やそのありがたさを改めて再認識した気がする。

そして〆にいただいた天せいろそば。
カリッと上がった香ばしい天ぷらはもちろん、のど越しの良い蕎麦は名店らしくとても美味しかった。

いや、蕎麦が美味しかったのは間違いないだろうが、もしかしたら
「美味しいものを美味しく感じられる」
という状況だったり精神状態というのが一番大切なのかも知れない。

この時が一番「元気に帰ってきた」という実感がわいた瞬間だった。
この時のビールの味とお蕎麦の味は一生忘れないだろう。

次回いよいよ完結編です!

(続く)