5年前のとある出来事~その5 フロントマンのファインプレー~

階段の踊り場で一息入れたことで少し呼吸が楽になった気がした。

1階のフロントには誰も人がいなかった。
呼び出しベルを鳴らすとすぐに奥からフロントマンがでてきた。

「どうかしましたか?」
「実は喉と胸が痛くて・・・夜間病院に行きたいのでタクシーを呼んでもらえますか?」

そう告げると、フロントマンはこんな風に言ったのだった。

「胸ですか・・・胸が苦しいなら絶対に救急車です」
「救急車は・・・ちょっと大げさだなぁ。夜間病院を教えてくれればタクシーで向かいますよ」
「いいえ、絶対に救急車です。」

そのあまりにきっぱりとした口調に圧倒された。
やや大げさだなぁと思いながら私は渋々こう返答した。

「それでは救急車をお願いします。ですが大げさにしたくないし恥ずかしいから”サイレンは鳴らさずに”お願いします」
「わかりました」

救急車が来るまでにトイレを済ませておこうと、トイレに向かう。
用を済ませ、ロビーに戻ろうと歩き始めると、一歩歩くたびに息が苦しくなり、脂汗が噴出してくる。

あ・・・やばいかも・・・。

そのままホテルの長椅子に文字通り倒れこんだ。
胸を押さえながら眉間にしわを寄せ、必死で呼吸を続けた。

遠くから救急車のサイレンが近づいてくる。
(サイレンは鳴らさないでってお願いしたのになぁ)

そんな風に思いながらも、近づいてくるサイレンの音にホッとしたというのが本音だった。

(続く)